2026年11月1日(日)

趣味のコラム

私の将来の夢


現世で身につけたかった能力や技術が、
いくつかある。
人には身体的な得手・不得手があるし、
興味が湧く・湧かないという
脳的な特質もある。

私は、スーパーファミコンも
カルビーの仮面ライダーカードも
それほど夢中にはならなかったし、
踊って歌っているアイドルを見て
「ああなりたい」という感触も
なかった気がする。私の感性である。



そんな中で、自由な妄想という点でいうとするならば、
「プロ野球のキャッチャー」に
なってみたかったかもしれない。

9人の中で、
ひとり前を向いて試合全体を把握し、
守備陣形を指揮しバッターを観察し、
ピッチャーに指示を出し、
キャッチャーミットをびしっと構える。
そして、
最後はバックホームの返球で、
ホームを体を張って死守する。

球技と知的ゲームと格闘技のそろった大舞台。
あの舞台には、立ってみたかったかもしれない。

ちなみの現実は、当方の運動神経は0である。
キャッチャーミットを構えて、
ピッチャーの投球を無事、よけ切る自信すらない。


文系の方でいったなら、
「英語」と「古文」と「数学」の知識と若い時に出会えていたら、
もう少し先があったのかもしれないと思うことはある。


英語があれば

旅行先に海外も含まれていたかもしれない。
そんな高度な話でもなく、
ちょっと地下鉄の切符を買ったり
食堂に入って「ビールください」だけでもできたら、
行動範囲は違っていただろう。

今となっては、
日本でもまだ見に行きたいものはたくさんあるし、
そもそも今更、
違う文化の人々とまじりあって楽しむという
体力・気力がありそうにない。
これにはそれほどの不満はない。

年を取ると
やがてこんな感じになってしまうので、
他文化を見に行くのには
若くなくてはならない理由である。



古文は、

これを読み解く技術を持ったならば、
古文書から昔の人の息吹を
ダイレクトに感じられたと思うのである。

紫式部や清少納言の言葉を、
直接読むことができたなら、
もう一歩も二歩も近づいて、
親しみをもって楽しめた気がする。

先日どこかのニュースで、
古寺を解体補修をしていた時、
屋根裏の板から当時の大工さんが書いた
落書きがみつかったというのがあった。
文面は「もうちょっと酒をくれ」だったなかな。
(うろ覚え)

もしこの直筆を、
直に触れることができたら、
何ともその数百年前のおっちゃんをいとしく
身近に感じるという楽しみがあったろう。

今からでも学べばよさそうなものだが、
今さらね~。 




数学は、

数式が読めるようになると、
量子物理学や宇宙学の理解度がまったく違うらしい。(たぶん)。

宇宙を知ろうと思いながら数式がわからないとは、
海が大好きなのに泳げなくて、
海辺に立って海のすばらしさを述べている
みたいな気がするのである。
(たとえになっておらず、そのままか)

AIに、
「微分積分と、因数分解は違うのですか」
と聞いてみた。
同じ質問をもしあのとき学校で(大学ね)
数学の先生にしたら、あきれられただろう
というところまでは理解した。

ちなみにこれは、
「今さら」ではなく「不可能」です。



今度生まれ変わって
似たような場面にいられるのでしたら、
この辺りのどれかと、ご縁が
できたならいいなと思っています。

昔、友人二人が、
来世がわかるという方に、
「私の来世は何ですか?」
と聞いておりました。
そしたら、それぞれ
「トンボ」と「岩」
と、お答えをいただいておりました。
私のは、お聞しきませんでした。

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