2026年7月1日(水)

趣味のコラム

明治維新(後編)


5、19世紀の二つの文明

このころ(1800年代前半)を俯瞰してみると、
ヨーロッパと中国に異なった二つの大きな文明がありました。

ヨーロッパの文明は、ずっと肉食的発想です。
よってフランス革命・産業革命の後の50年は、
東南アジアを野蛮な武力で
植民地政策を進めていきました。
植民地の大義は「未開人に文明を」です。

あふれ出るエネルギーは抑えることができず、
ナポレオンがヨーロッパ全土で、
家庭内暴力していたのもこの時期です。
現代のヨーロッパは、
過去のことなどすっかりなかったことにして、
落ち着いてすました顔をしています。
やんちゃなまま大人になる人もいますが、
そんなヨーロッパ人たちはアメリカ人になりました。



もう一方の文明中国は、

腕力のヨーロッパ文明に対して、
「徳」というもので政治を行っていました。
もちろん最終的には武力となるのですが、
その手前として権威や徳で
政治を行なうようなことをしていました。

中国は中華思想をもとに
皇帝が中心となって政治を行い、
国外からは貢物を持ってこさせて、
文明は成り立っていました。
朝貢国の数は皇帝の国内の権力維持になりましたし、
周りの諸外国は貢物をささげて、
国の王であるというお墨付きをもらいました。

また中国は高度な技術や文明も持っていましたので、
中国からの返礼品は自国での力の誇示になりました。
時代は違いますが、
三角縁神獣鏡や仏教や紙の技術、聖徳太子の遣唐使など、
このあたりを理解すると納得がいきます。



6、そして、明治維新のころ

そして世界の夜が明けてから50年たった1800年代後半、
地球の裏側で発生した高波は
反対側のこっちまで届きだします。

修羅場馴れしているヨーロッパ文明は、
中華文明にやってきて、
最後は腕力に物を言わし、
アヘン戦争(1840年)で中国(清)を侵略してしまいます。
これを見て日本も、
うかうかしていられなくなりました。

ちなみにですが、
「アヘン戦争」と子供たちにそのまま教えていますが、
これは現代の反社会勢力の
定番物語のワールドワイド版です。
そこにいまだに誰も触れないのは、
世の中はやはり正義ではなく
声の大きさで動いていることがわかります。



そして、
明治維新(1868年)のころの日本の話。
この時の日本にとって外国とは、
イギリス・ロシア・アメリカ・中国でした。

フランスはナポレオンのご狼藉で、自分のことで手いっぱいです。
余談ですが、この時のフランス軍が強かったのは、
意識としての国民軍と傭兵の戦いだったからです。


中国はイギリスに凹まされていました。

イギリスもさすがに世界で暴れ放題の疲労の色も出てきます。
日本とは、対等ではなく下で付き合うこととしました。
日本は暴力を持った兄貴分に対して
行儀よく付き合った結果でしょう。
商売相手としてお付き合いが始まります。

アメリカは、国家形成の騒動の真っ最中で、
イギリスとの独立戦争、奴隷問題、先住民族との抗争、
てんやわんやがこの時期です。

同じ独立を勝ち取った者同士のメキシコとの戦争「米墨(べいぼく)戦争」で、
カルフォルニアの太平洋航路を手に入れたのは1846年でした。
南北戦争はそのあとの1861-5年です。
そんな時期でした。

ロシアも、北海道との境目の決着をつける必要がありました。

ここまでの時代は、
人のいないところは経済価値がないところであり、
よって国土でもないという時代だったのですが、
この辺りから領土という概念がでてきました。

しかし首都に近いあっち側ではナポレオン戦争(1810年)ですし、
もうひとつはいまだにやっているクリミア戦争(1853年)もあって、
こちらの端の話は後回しでした。

(ナイチンゲールはクリミア戦争)


このヨーロッパ人の世界同時多発暴れ放題は、
第二次世界大戦終了まで続きます。(この人たちがいなければ世界はまた違った形に…)

本題に戻りますと、こんな中で明治維新は進んで行ったのでした。
途切れなく続いているのが歴史であり、
世界の視点から見れば、江戸時代と明治の境のあの日が
「昔と現代の境」ではないことがわかります。

(アフリカの植民地図)


7、まだ語り足りないw

そもそもペリーさんのアメリカも、
大砲もって威圧的にやって来たわけでもありませんでした。
この当時のアメリカはスタートアップ企業、
ペリーも世間知らずの20代営業マンみたいなもので、
自分の会社の実情もよくわかっていない若造の感じです。
しかし荒くれものではありましたから、
開き直られたら面倒だったかもしれません。

この時ペリーさんは、まだ大西洋航路でやってきていました。


私たちが、日清戦争や日露戦争を勝利したことは知っていても、
どのような経緯だったかなどということにつては、
ほとんどの人が知らないというのは、
教育方針でしょう。

太平洋戦争の敗戦によって、
明治のおじいちゃんたちの若気の至りとか
判断ミスという自覚があったからでしょうか。

誰かの都合でそのような教育だったと思われますが、
逆にプロパガンダで、為政者に都合のよい物語として語り継がれることもありえました。
ので、どうとも言いきれません。
乃木将軍は江戸時代生まれです。


維新のだいぶ後の話ですが、満州鉄道の運営はアメリカと共同運営の話がかなり進んでいました。

この時もしこちらの道を選択していたら、
また違った結果になっていたとは思います。
今よりましかそうではないかという話でなく、
違っていただろうというお話です。



ネットのこんなとこでは、こんな程度のお話までです。

明治維新関連の話は、少し視界を広げてみればまだまだネタの宝庫です。
当時の交渉の展開やその背景など、
いまなら忖度のない立場で語られている書籍もたくさん出てきています。
平安時代ほど夢物語でなく実写版の昔話として楽しめます。(第二次世界大戦の話はまだちょっとリアルすぎて。)


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