●相対性理論の本
「サルでもわかる相対性理論」
「マンガ相対性理論入門」
「高校生が聞いてみた相対性理論」
「世界で一番簡単な相対性」
みたいな書名(適当)で、
ずぶの素人にもわかりやすく書かれた本、
今たくさんに本屋さんに並んでいます。
一冊だけでは少し
わかりづらいかもしれませんが、
これらを何冊かの
言い回しを変えた表現に接して、
自分の頭の中で再構築すると、
だんだんと薄ぼんやりと
何かが見えてきます。
「再構築」とか、さも
理解したみたいな言い方をしましたが、
しょせん組み替える元の単語が
サル相手とか子供相手の本なので、
とくだん偉そうに言うほどの
ことはありません。
(ってか、ちょっと恥ずかしい)
●相対性理論の導入部分
アインシュタインは、
日本でいうと明治12年生まれで、
没が昭和30年の享年76歳。
ワタシの祖父よりも
ちょっと年上の明治生まれ。
こんな話からしてもらうと
親近感もわいてきます。
勉強に得手不得手の差がありすぎて
いい学校に入れなかったとか
社会性の欠如から就職に難儀したとか、
どうでもいい話も入ってきます。
そして
相対性理論の基本となる光の話ですが、
そもそも光には
速度というものがあるということは、
その前から言われていたらしいのです
(そこでもうびっくり)。
それはどのくらいなのかと海外でですが、
時期でいうと江戸の初期に、
木星の動きから計算したら
22万キロぐらいだったとか、
ペリーの時期ぐらいに、
歯車を組み合わせた機械に
何キロ先から光を当てて実験して、
正解にほぼ近い
30万キロぐらいとでていました。
相対性理論とは、
たぶん光の速度は一定なので
距離や時間のほうが
変化しているはずというものなのですが、
ストップウォッチ押したり
物差しで測ってわかる単位ではないので、
ずっと明快な立証が不可能でした。
そして今の時代になって、
3万6千キロ先の人工衛星に電波往復させて
地上で10センチの精度が求められるGPSで、
やっとこの理論が立証されたのでした。
・
と、こんなところから、
観客を飽きさせないよういたせりつくせりで、
難しい理論をやさしく導入してくれます。
趣味の勉強は、ちょっとでも
困難があるとすぐくじけますからね。

●量子物理学
絵本の相対性理論を読んで
いくらかでもぼんやりと
あかりがともってくると、
最先端の量子物理学も気になってきます。
もちろんこれも字が大きくて
絵がいっぱい書いてある本を
探してくるわけですが、
こちらの方はまだ誰もが
“想像すらつかない世界”です。
絵本に書いてあるのは、
「ね、不思議でしょ。」という論調です。
光は、人がじっと見ているときは
ずっと1つの粒だが、
ちょっと目を離した時だけ
あっちにも痕跡を残します。
空間は3次元であり
その中は自由に動き回れるので、
時間も2次元のはずであり、
前後にも動けるはず。
宇宙ひとつはドーム状であり、
全体としては石鹸を
泡立てたような塊とすることを
数式で現わすことができた。
宇宙が光よりも早い速度で
膨張しているのは事実である。
(どーいうこと?)
今みなが真剣に頭を悩ませている
最新の量子物理学も、
未来の人からしたらおそらく
笑い話となっているのでしょう。
平安時代の落雷・疫病・飢饉も、
いまの高校生ぐらいの知識ですからね。
●大学時代の恩師
私の大学時代だからもう40年前。
大学に有名な物理の教授がいました。
(変人という意味で)
あの当時の大学らしく、
まさに十年一日の授業をして
テスト問題も毎年おなじ。
おんなじだから去年の回答を
丸暗記して行けばよさそうなモノですが、
いかんせん理屈の通らない文章なので
日本語が頭の中に入ってきません。
しっかり赤点をつけられました。
そしていま、
当時あの教授はこの程度の知識しか
なかったのだなとわかるのです。
平安時代の最高峰の知識人と
今の高校生が同じぐらい、
あの当時の大学の授業レベルと
今の本屋で1000円で並んでいる本が
同じぐらいと、
知識の進歩を振り返るのです。
そーいえば授業中に質問が出ると、
あーあーわーわー聞こえない聞こえない
といって急いで黒板を消していました。
今だと
「それはいまだにわかっていないのです」
と言えばいいのですが、
まあ教師も生徒も
中学2年生の教室空間だったなあと
懐かしく思うのです。
<追伸>
F先生、チェレンコフの光、
この本の説明、漫画付きでわかりやすいっすよ
(とっくに故人)。

